太宰治「作家の手帖」その4

アメリカの母さんと日本の母さん】

S 最後の段落でアメリカの女と日本の女というのが表に出ているところがひっかかる。これをどう考えたらよいか?

K この最後の段落3行か4行、これは書かされたのか、ご時世か? だから騙されているという感じがする。

S 日中戦争は1941年にアメリカが参戦して対米戦争になる。この作品が発表されたのが1943年だから、アメリカ参戦問題が、この最後の3行に入っているということにならないか? 恐い小説。このアメリカの婦人問題は、日中戦争の太平洋戦争化に対応している。そして、女たちが戦争の鍵を握っていると言っている。男の戦争と女の戦争の対比がある。

S 気障で気絶のまねをするアメリカと洗濯する日本の女という、心とか精神とか文化的問題。男たちは競争し、勝ち負けを競うが、女たちはそれとは違うところにいる。

K ネズミを見て気絶するというのは男性に見せるためだろう、それに対して、日本の女たちは洗濯して個人として自足していると言っている。

Y のんきと美しいが並列すると違和感があるのですが。

S のんきで美しいというのはかなり異様でほとんどありえない。

K 洗濯するのがのんきは分かる、夏に井戸水に触っていれば涼しく気持ちよい。

Y 美しいも分かるし、のんきも分かるが、のんきで美しいが合わさると途端に変なの。

H 組み合わせがびっくりする。

S なんだか変。何が変なんだろう? 無心にというのがある。

Y 中動か? 洗濯は中動じゃね? 授乳も中動。差し迫っているからやるけれどやりたくてやっているわけではない。

K 家事一般が中動。家事は自分のためでもあるから受動だけではない。

Y 職員会議も中動では。

K事務仕事は中動。

S事務仕事が女に回ってくると言うのはそういう意味。能動的な仕事は男がやって、事務仕事は女がする。そういう中動仕事に安住しているのが、のんきではないか。男は外で営業したり、受注したりする。帰ってきて事務仕事を女に任せる。女はそれが儲かるかとか適正かとか、何も考えないで処理するだけでよい中動の仕事をする。戦争は男の仕事であって主体の仕事、銃後の女は、のんきに安住している。能動でも受動でもない中動の仕事をしている。

Y そこで完結しているからのんきに美しい。

S 自分は飢えて死んで藻屑になっても、家に残した女子供たちはゆたかにのんきに美しくあると思ってはじめて、男たちはこの無意味で無謀な戦争を何とか戦うことができた。特攻隊の遺書とか、そういう書き方をしている

H僕も今は洗濯してますもの。

S それ仕事じゃないと思っているでしょ。男は中動の仕事に耐えられないのだよ。目的があって、達成があることしか仕事だと思えない。

Y 能動的な仕事をどんどんこなすのも大切だと思うけれど、男は、それ以外のことは面倒だなあと思っている。

K お金払っていないシャドウワーク

S アメリカの女たちは気障で男たちに見せているというのがあると思うけれど、それはアメリカの女が主体であるということだね。

K 不平を言うというのがそうだと思う。文句を言えば何かしなければならない。女の兵士も早くからいるし。

アメリカでは女も主体であった。

 Y 主体性があると美しくのんきではなくなるということ?

S そういうこと。

Y 返して言うと、美しくのんきにしていないということ自体は悪口ではなかったということですね。

H もう一度言ってもらえますか。

Y 最初に読んだとき、アメリカを悪く言っているなといういやな感じがあったが、日本の女性たちはのんきに美しくしているというのは、中動的に生きて安住して完結している、そして男たちはそれを守るために戦っている。アメリカの女が不平を言い、主体的に生きているのは悪いことではない、だから悪口ではないということになる。

H 主体性があるという面ではよいということですか。

K アメリカの女性は個人であるということですね。

Y アメリカの女性はアメリカの女性でそう生きているし、日本の女性は日本の女性でそう生きているだけで、並列しただけ。

S さらにそのあと、女が勝敗の鍵を握っている、楽観している。そのところが分からない。アメリカの女と日本の女のどちらが勝つと言っているの?

S のんきな美しい女たちが大丈夫だと言っている。

K みんなが男になってみんなが戦争に出たら、みんなが死んでしまうか。

S のんきな女たちが残りさえすれば、男たちが負けても、男たちの戦争が負けても、のんきな美しい女たちが残れば私たちは大丈夫だということ。

K 文化は残るということでしょう。生き残りさえすればいい。

Sはっきり言って、男たちの戦争は間違いだし負けるに決まっているが、こののんきな美しい女たちが残りさえすれば将来は楽観できるというふうに言っているように読める。

ヴィヨンの妻の最後も、私たちは生きていさえすればいいと言っている、あれと同じではないか。

S なんでそう考えるかというと、戦争は負けるとこの時代には直接率直には書けないだろう。だけどこういう風に書けば、男たちの戦争はこれは負けるに決まっている、それを言う必要はない、その代わりに、それを言う代わりに、こののんきな美しい女たちさえ残れば将来は楽観できると言っている。つまり、間接的に、この男の戦争は負けると言っているのと同じになるのではないかな。

K それなら納得できる。

H そうか。

Y 薄く読むと、最後にアメリカのことを悪く言っているように読める。だから騙されたという感じがあった。

S 男たちのこの戦争は必ず負ける、男たちの戦争はしょうもないということを、巧妙に間接的に言っている。

K 男の行き方では負けると言っている。