清風読書会

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「ねじの回転」その2 ヘンリー・ジェイムズ(土屋 政雄 翻訳) 読書会テープ20230305

【文字と音】

S グロースさんが文字を読めないことが重要ではないか。文字を読めない音声だけで生きている人と、文字を操る人との対立ではないか。フローラとグロースさんは音声の世界に生きているが、マイルズは学習したい勉強したいという成長の路線に乗って、文字文化に加担した。

T フローラは文字が読めない?

S  まだ文字を学んでいない、基本の文化が音声なんだろう。

K フローラは白い紙を渡されてアルファベットの練習をしている。

S フローラはあれが退屈だと言っている。文字の世界に飽き飽きしていて、音声の世界の方がずっと豊かだと思っている。それによってマイルズとフローラの運命が変わる。

女家庭教師は断然文字文化の信奉者、牧師の娘だから文字の教育を受けている。一方、グロースさんのように女性は文字が読めなくてもお屋敷に奉公できる。

女家庭教師が、あそこにクリントがいるとか、女の人がいるとか、グロース夫人に見ることを強要するのは文字の呪い、文字の支配力を振るっている。それにグロースさんが対抗できたのは文字が読めないから、文字の説得には決して納得しないから、見えないと言える。グロースさんは意外に重要人物。

I グロースさんがオウム返しをするのが気になります。それによって話がどんどん膨れ上がっていく。深読みをすると、グロースさんがすべての首謀者ではないかと。

S 逆で、音声に生きる人間は反復するしかないのではないか。グロースさんの意志ではなく、女家庭教師の意志をいたずらに増幅するしかない、そこで使われてしまい、支配されてしまう。それだけ文字の支配力のほうが強い。

H ただのオウム返しではなく、家庭教師が女の幽霊を見たときに、ジェスル先生という名を言ったのはグロースさん。反復しているうちに家庭教師につりこまれ導かれて、その名前を言わされてしまう。音声に生きているから反復するしかなくて、文字をもっている女教師に誘われて言ってしまう。

S 誘導されている感じがあるよね。女家庭教師がジェスル先生と言わせようとして、深層心理に働きかけるのを、文字を知らないグロースさんは無防備に受け取ってしまったということだろう。

M これは統合失調症の話かなと思って、中井久夫の『世界における索引と兆候』という本の内容とつながるのではないか。音声だけの世界というのは、幻覚と幻聴によって出来上がっている世界。この時代だとフロイトと関係があるのでは。「兆候は、何か全貌が分からないが、無視し得ない重大な何かを暗示する、あるときには現前世界が兆候で埋め尽くされ、あるいは世界自体が兆候化するのが世界破滅感であって、兆候化するとは不安のことで、、、記憶とこれから起こることについて、、、兆候化しすぎると精神病の領域に入る。」余韻とか予感がただよっている物語だと思いました。記憶をめぐってみんなが話していて、それは中井さんのいう索引という現象に符合するだろう。

H 家庭教師はそういう兆候を拾っている場面がたくさんある。

M 中井久夫統合失調症の研究をする精神科医

S 中井さんはおそらくフロイト精神分析の本道につながる人ですね。しかし、注意しなければいけないのは、ヘンリーの兄ウィリアム・ジェイムズは、それとはやや異なる心理学をはじめた人。サブリミナル識域下という訳語をつかって、無意識研究と区別されている。二つの異なる無意識研究があって、20世紀はフロイトの時代になってしまったが、ジェイムズはそれとは少し違うところがあるらしい。無条件にフロイト系の無意識研究を当てはめてはいけないのではないかと思う。家庭教師が、クイントとジェスル先生の死を無意識に察知してしまったと思いたくなるが、ヘンリー・ジェイムズは、その一歩手前のところで書いている。

 もう一つ、幻聴と幻覚の世界ということについて、無文字の世界は、野蛮な暴力的な非知性的な世界だと思ってしまうが、無意識と関わりの深い文化人類学レヴィ・ストロースが発見したことは、野生の思考。無文字の世界には知的認識の仕方があり、必ずしも文字がないことが非文化ではないということが20世紀の文化人類学の知見。

M 兆候と記号は同じsign

S そのサインをつかって書かれた小説を、私たちは、どこまで、どのように理解するかが問題になる。たとえば、マイルズは同性愛で退学になったと言ってしまっては多分違う。謎を作ったままあるということが小説としては重要。マイルズの退学理由は最後まで明かされない。ヘンリー・ジェイムズの書き方は、明かされない謎を、兆候のまま描くということだろう。