清風読書会

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太宰治 『道化の華』その2 20221001読書会テープ

【パノラマ式描写】

S 少女から見た葉蔵の横顔で、ここで視点が変わったりする。最初に読んだときボヴァリー夫人を読んでいるのは葉蔵だとばかり思っていた。勝手に視点が変わる。

K 看護婦が横腹をつつくというのも葉蔵のことだとばかり思っていた。どうせそういうことをするだろうと思い込んでいたから。

I 視点を整理する、

S そうすると、すべてがクリアーに見える。今日は本気で読みたかったというのは少女の視点。

K ガーゼを叩いているところまでは葉蔵?ベランダにいて本を持ってこさせたのは少女。

S えーと、ガーゼを叩いている葉蔵の姿を見ているのは少女。昨日の新患者はと言っているのも少女。に号室を盗み見していたのも少女。この段落は、い号室の少女の視点から書かれている。ずーっと葉蔵視点で書かれてきたから、ここで視点が変わるとは思わない。(中原昌也の「鳩嫌い」がこの視点転換を使っている。)

 太い眉をひそめていた、そんなにいい顔とは思えなかったというのは、少女たちの間で美男子だという噂が流れているのだろう。葉蔵たちの間でも美少女らしいよという噂が流れているように、少女たちの間でも、入水した、女は死んだらしい、いい男らしいといった噂が流れていたので、に号室を盗み見するのだろう。そんなにいい顔だとは思えなかったという一文だけで、背景のさまざまな噂話を立体的に想像させる手法。

S その前の段落はどう? 僕は景色を書くのが嫌なんだとあるから僕の視点。パノラマ式の数駒を展開すると予告しているから分かるけれど、ぼんやり読んでいると気づかない。

S さらに、よい一行を拾ったというのもよく分からない。ボヴァリー夫人というのは、浮気相手といい仲になって破滅して最後は自殺するというのが荒筋で、葉蔵の入水とふさわしげであったというのは分かる。真夜中のたいまつで嫁入りしたいというのがよく分からない。

I これはい号室のなかのボヴァリー夫人という二重の箱となっている。

S それとの比較をせよということになる。そうすると真夜中のたいまつで嫁入りというのは、エンマがまだ少女の頃の話で、ロマチックな結婚を夢みていたということかな。少女たちは結婚前のまだ夢を見ている状態だから、少女たちとエンマとを対比している。夢見がちな少女のエンマは実際に結婚してみると、何だこの退屈さはというので浮気をする。少女たちが結婚以前、ロマンス以前というのがここから分かる。

S 次の段落は、ろ号室の少女が、葉蔵の姿を見るなりとあるから、はっきり少女の視点だと明示している。そうしないと、前の段落の視点の転換が分からないと困るから、親切に名前を出して書いているわけだ。

S 次の美人らしいよは、「は」か「ほ」の部屋に泊まった小菅の視点。ベランダに出て葉蔵を見て、左に向いて少女を見たとあるから、小菅たちは「は」号室に泊まったということが分かる。い号室の背景が石垣であることがここで確認されて、あとで怪談の場所が特定される。こういう推理小説仕立ての明快でくっきりしたそして立体的な描写をしている。

【美しい感情】

S 次の僕の述懐が分からないね。太宰節が好きになれるかどうかはこのやっかいさにつきあえるかどうかにかかっているのだろう。

 この言葉に幸いあれと言っているのはどの言葉を指している?「美しい感情をもって人は悪い文学を作る」を指しているとしても、その意味がよく分からない。悪魔的ではないというのが解説?

S 僕は根は美しい感情で書こうとしているということか。

K 最初の、作品の出来が自分の思い通りにならず悪くても、僕の心は美しい感情に充ちているということ?

S 悪い文学とは、出来が悪いということだろうか? それとも道徳的倫理的に悪いという意味だろうか。

K 絶対的な悪?

S 神にもよるけれど、事件は自殺幇助罪に問われそうになっている罪の話になっている。法律の罪に問われるという悪、それだけでなく道徳的に罪に問われるという悪もある。

I 法律的問題はお兄さんが何とかしてくれる、しかし読者から言うと、そういう問題ではないだろうと思っていた。だから道徳的悪の問題だと思う、そんな気がする。僕のこころは美しいで済むのか?

S 僕のこころは美しい、信じてくれというのか?

I どうしても太宰の事実経験で読んでしまうので、混乱する。

S それを混同しないように注意深く読む必要があるね。

【太宰の神】

S 最初のところで自分は生き返っても園子は死ねと書いてなかった?(ダンテの『神曲』による地獄の門を踏んでいる冒頭。)問題は「悪い文学を作る」というところ。

K 相手が死にたがっていたのだから付き合ってあげた?

S よりそって一緒に飛び込んであげた。

K だから自分は助かっても相手は死ぬことを願ってあげる。

S 死にたい女性に死を願ってあげるのだから自分はこころが美しい? それは悪魔のような神だね。

I 死神。

S 物事はなるようにしかならないし、あるようにあるのだからそれに寄り添っていくのが神ということか? 太宰の神はこういう神で、芥川龍之介の神も、「蜘蛛の糸」とか「黒衣聖母」は、そういう神ではなかったか?

 真野の怪談のところで神の言葉が出てくるから、まず怪談の話をしよう。

【つづく】