清風読書会

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ヘンリー・ジェイムズ 行方昭夫訳「嘘つき」その1 20230218読書会テープ

【信頼できない語り手】

H 嘘を暴くために絵を描くときに、ライアンは、絵筆を使って現実そのものを描くというより、ねじ曲げて大佐を描いている。その結果はじめて歪んだ大佐の嘘が描かれる。その絵筆をとるやり方は、大佐が現実に対して脚色してその結果嘘をつくのと同じことだろう。

K ノンフィクションと同じで、見た人の事実であるということでしょう。夫人と大佐の関係は、朱に交われば赤くなるということで、そういうのも純粋経験でしょうか?

S 嘘が伝染した。その根底に、純粋経験つまり夫と妻とで無意識の通底があると考えられるということですね。夫と妻とは似てくる。

H ということは、大佐の肖像画が出来上がったときに、すべての嘘が現れてしまっているというのは、夫人の肖像画も出来上がっているということでもあるのか。大佐の嘘が暴かれているだけでなく、夫人の嘘も暴かれている。

K 本人はいい男に描けていると言っている。本人は全然気がついていない。

S  妻が肖像画を見て嘘に気がついたことで、オリバーはそれで辛うじて安心した。オリバー・ライアンって、かなり意地が悪いよね。ここには嫉妬という背景があって、この女性と結婚するはずだった、お金がないから結婚できないと断るが、オリバーにはまだ執着があって、これが大きな動機としてある。

K 今の私なら結婚してもらえますかと尋ねている。

I フィッツジェラルドの「乗り継ぎのための3時間」を思い出します。12年間会っていないけれど週に2回は思い出すと言うのはストーカー的で、ライアンの妄想、狂気を感じる。

S かなりおかしいのはオリバー・ライアンじゃないかな。

I そうですよね。

H 大佐と夫人の関係も歪んでいるけれど、ライアンの言うこともあまり信用できない。

S 信頼できない語り手だね。ほんとうにこの大佐は嘘つきだったのだろうか?と。他愛のない嘘で調子よく生きている人ではないか、その疑いがある。

 違ってしまうのは、オリバー・ライアンが悪意をもって肖像画を描いたというのが引き金になって、度外れた嘘、凶行が行われたということではないか。つまりオリバーの方が原因ではないか。オリバーが肖像画を描いて、ひどい表情を引き出したというのは、ものすごく意地悪い。

H そうか、絵が嘘を暴いたとも言えるけど、絵を描いたことによって、嘘がどんどん大きくなったり、取り返しのつかない嘘をつかせた。

S  インド帰りの大佐が腹を立てたのは、妻をめぐって、妻の嘘をあらわにしたということが、加害を加えられた、不当な加害を加えられたと感じたからだろう。普段は調子よく流していた。大佐の嘘というのは、インドの友人が生きたまま埋められてといった嘘。

H 他愛のない嘘。

K 幽霊、怪談話。

S しかし、オリバーが描いた肖像画は、あきらかな悪意、牙を剥き出した。それに対して大佐はナイフでズタズタに切り裂いた、そういう話に見える。だから作家も画家も嘘つきなんだよ。

H 単純に大佐と夫人が嘘つきだったとライアン側に立って読んでしまいそう。

S ライアンは、大佐の肖像を描き直している、悪辣な表情に描き直している。

I ライアンが嫉妬深い男に見えるかもしれないが大目に見てやって下さいとあって、作家は馬鹿に肩を持つんだなあと、逆に違和感をここで持った。

S  それが手がかりになった。

H 逆フラグが立っていた。