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中原昌也「待望の短篇は忘却の彼方に」2003年春刊その3 20200523読書会テープ

【頓挫する物語】

S ところで、この部屋には何でトイレがないの?

Y 人が住んでいないんでしょう。

K トイレもなく湯沸かしもないし、それでいてクッキーを焼く。ピクルスは買ってきたのだろうけど。

S 「『女子大生仲良し三人組、ライフルで射殺さる』という見出しの新聞紙の包みを五郎に手渡した」(p.26)とあるように、この新聞の切れっ端からお話がはじまる、クッキーの話がはじまるのだけれど。

Y クッキーとは女子大生三人組?新聞記事は、かみ砕きやすく、消費しやすく可愛らしく加工されているということ?

H 女子大生事件を新聞で読んで忘れるというのは、記事を消費するということで、クッキーを食べるというのは、そういう新聞記事の消費を意味している?

K 新聞記事は出来事を分かりやすく切り取るということ? 起承転結があるように切り取る。

S 新聞記事を加工して小説にする典型例だろうな。可愛らしい犠牲者がいて、悪魔のような犯人がいるという新聞記事の書き方。

Y そういうの中原はいやなんですよね。

S 憎しみを込めて、

Y かみ砕いて、ぐしゃぐしゃにして、投げ捨てる。

Y 放火事件(p.14)のなまなましさに比べると、えらく可愛らしいな。

K 遠隔操作で爆破させて殺す。裸で飛び出してくるのを期待して待っていた。

Y それを五郎は見ている? 五郎は見ていないんですよね。「夜の住宅街」から、「近頃毎日続いていた。」というのは、第三者視点なんですよね。

S これこそテレビに写った事件のような気がする。寝ていたとあるから、夢だね。一行あけで、以下夢だね。

H 夢のようでもあるが、つぶやいていた独り言のようでもある。

S 前後一行あけで枠取りして、スクリーン上に映し出された夢のように、枠取りがあって、テレビの報道のように思える。

Y 流れる映像の印象がある

S そうこうしているうちにとか、なってしまったとか、時間の経過があってテレビの画面ぽい。

H 再現VTR。

S 再現VTRだから、やらせっぽい。

H 新聞記事を肉付けするのに、このやり方ではまずい。

S だからまずい例。

Y じゃあ再現VTRのような小説も書く気はないということですね。

S みんなこういう扇情的な再現VTRが大好きでしょ。テレビは再現ビデオばかりやっている。ここでも物語が頓挫している。これもクビ。

 みんなが小説だと思っているのは、ただの再現VTR、扇情AV。

Y これもあれも次々否定されていく、待望の短篇は忘却の彼方にという題名の意味がだんだん見えてきた。

H 中原は深沢七郎的なところがある。「笛吹川」で、主人公かなと思った人が次々死んでいくのと似ているかなと。

K 時の流れと一緒に人が死んでいく限りでは理解できるが、短篇が次々頓挫していくのは理解しにくい。

S KYの朝日新聞事件(p.19)では、でっち上げで偽の嘘の物語が放送された。

Y テレビ局の捏造事件ですね。

H KYの文字をサンゴに彫ったんですよね。文字を彫るというのは、文字を書く、作品を作るということだから、非常に印象的。

S やらせで彫った文字をテレビカメラで写して証拠にした。ちょうどこの頃からやらせが表面化した事件ではないか(1989年)。

Y 最近のバスターミナル・コロナ事件も二重のやらせがある。

S 最近の商店街自粛事件でも、記事の根拠が実にそれもフェイクだったという。新聞もテレビの記事も、私たちはもともと確かめるすべを持っていないから、フェイクの見分け、区別がいよいよできなくなった。(ポスト・トゥルースは2016年以降という)

H 新聞記事すら信用できないというのが明らかになったのがこの朝日新聞のKY事件だろう。

K テレビはもっと前からやらせだったが、新聞はまだ信用できた。しかし新聞はもう昨日の記事しか載らなくなった。

【部屋セット】

S ここで五郎が植木を出したり入れたりしているのは、偽の記事を作るための背景を作っているように見えてきた。洋服店だとかマリンスポーツだとか。

H 五郎が植木を売りに行くというのは、嘘を作り上げる手伝いをさせられている感じがする。

S この部屋自体がものすごく嘘くさい。「洋服の店をしてみたいという気持ちだけはあったみたいで、こうしてお店のまねごとみたいなデコレーションをしていた」という、このあたりの真相はまったく訳分からない。

Y テレビセットのような。

H 照明器具がある。

YH スタジオっぽい。だからそれを見て、なんとなくスクリーンに写し出されたという印象になる。

Y 大金を受け取りましたかとあるのは、嘘を書いたらお金がもらえるという感じ。

S そうだね、嘘記事を作るのは大金をもらうため。植木を運んだだけで大金にはならない、それを使って嘘記事を作ると大金になるということだろう。

H 倉庫に植木と鉢があってそれを合わせて植木鉢にして売ればいいというのはすごく安直な発想、馬鹿にしたやり方ですね。

S それ、材料あるからおまえ書け、やらせ小説を書けという辛辣な話に聞こえる。

Y 物書きとして許せないですね。

Y 女主人が出てきて、Tシャツ姿で、美人局とかハニートラップとかを思わせる。

H 女主人は何とか騙して五郎に鉢を売らせようとしている。大金とか自分の身体とかをちらつかせて、偽物作りを手伝わせようとしている。スタジオを本物っぽくするために手伝わせようとしているように見える。

S それで最後に女を蹴っ飛ばすということか。

【背景】

S それにしても、ここには何か背景があるような気がする。2003年頃の背景。

H 水の味が変わったとありますよね。これが何だか分からない。汚染があった?

S 水の味が変わるというのと、水をたらふく飲んで尿意があってトイレがない、それから異臭がするということが背景にありそうだ。トイレのないマンションというのは普通原発なんだけれど。

Y 2003年には東京電力原発トラブル隠しの記事が検索ですぐ出てくる。

S ふうん、そうすると2003年の東電をもっとちゃんと追及していたら、2011年の事故は避けられたかもしれないんだ。

H 中原は社会派だから原発事故を書き込むことは十分ありうる。

S チェルノブイリハートという映画が2003年に出ている。ピクルスを食べるというのは何だろう? やっぱりチェルノブイリの汚染かな。

K グッバイ・レーニン(2003年)という映画に、ピクルスを食べる老女が出ている。

第2篇の血牡蠣事件へつづく。