S 「さゝ蟹」は、全集別巻の書誌によると、明治30年5月に「国民の友」に3回にわたって連載された。1897年だと漱石より少し前の作品。これまで読んだ中で一番この小説に近いのは、漱石の「一夜」という作品じゃないかと思う。
絵に描いてある女の人とか、葛餅がぶるぶる震えて蟻が這っているとか、あの描写がもう全く訳が分からなかったのだけれど、絵に描いた図柄について述べた文章だと思うと少し分かってきた。「さゝ蟹」の読みにくさと似てるような気がする。
H 本当だ。
S 「一夜」が絵を元にした小説だとすると、この小説はどちらかというと映画的な気がする。映画のショットみたいなものが何枚か重なって、10何枚のショットを並べたって感じの小説じゃないか、そうすると少し読めた気がする。
K 10章のそれぞれがワンショット。
S 映画だったらそういうワンシーンワンシーンは基本的に画像が切れてるよね。一枚一枚で切れてて、その間をつなぐのは映画を見る人。それと同じように読まなきゃいけないんじゃないかな、この小説。つまり、書かれてない分からない部分を、足しながら読まないとストーリーが見えてこない。そういう風に書いた小説じゃないかと思う。
H でも納得できますよね。例えば、第2章と3章の間で、男の人達が話しかけてきて、「姉さん何時だね」って言ったセリフの後って、ちょっと時間が飛んでいる。だから読んでる方が付け足して読んでいかなければならないってことですよね。
S 映画のカットとかオーバーラップとかいろんな手法があるけれど、映画の手法のような感じがする。かなり早い。
K 映画は日本で何年にはじまっている?
S 1896年11月、神戸で上演、世界的には1891年。前年に日本初公開された映画を泉鏡花は見たのだろうか?