【花札】
Y 花札のルールが詳しい。うちのルール、ここでしか通用しないルールを使っているのはなぜか?
S 辰夫には内省的なところがあって、兄貴ほど乗せられやすくない。観察者、書き手、語り手としての観察眼があり、お金の勘定もできる。辰夫には、博打に入ってしまちゃんの後を継ぐか、まっとうな職についてかずみちゃんと結婚する道がある。
Y 人の顔色もちゃんと見ている。博打の勘定もしっかり見ている。
S この土地にいる限りこのルールを身につけなければならない。ルールが他と違って難しいとあるから、ルールが分からないとこの町の会合にも出られない。八百屋や薬屋も花札のルールをよく知っている。そうしないと社交として成り立たない。甲府の社交のルール。
K 賭博禁止もある。
S 他の人が入ってこられない閉鎖空間。鎖国していれば、それなりに豊かな小さな集団。東京や大都市は交換経済でなりたっている。甲府や、山形の相馬さま、金沢など、独立閉鎖で成り立っている町があった。
K 甲府は、網野善彦によるとかなり豊かだったのではとあった。
K かつての藩は独立閉鎖経済だった。
Y すこし気になるのは、鉄ちゃんは交換経済が贈与経済を食い物にしているような気がする。かずみちゃんも東京に行ったらもう帰ってこないだろう。
H 鉄ちゃんは神様みたいだとある。
S 鉄ちゃんは音楽という水商売で成功したという博打的な成功だろうと思う。それで一流の甲府の旅館にしてくれという。一山当てて博打に勝ったということではないか。たいていの場合音楽で成功するのは難しい、「おくりびと」のようになる。
K まっとうな交換経済ではなく、贈与経済の人間で一山当てた人。
Y 鉄ちゃんも芸能関係の人の一人と考えた方がよいだろう。流しやドサ回りの芸能人と同じ。
S だからはれの日の演奏会で精一杯の贅沢をがんばっている。贈与経済で動く時間が祭りの時。鉄ちゃんもシマちゃんにたかっているし、旅館にも何人も泊まっていって、それを全部かぶったのがシマちゃんで。一夜明けるとこの借金どうしようと青くなっている。
H こんなに社会経済の背景がちゃんと書いてあるとは。戦後という時代もちゃんと出ている。
【おわりに】
S ローカル・ルールとともに、いろいろな身振り言語が使われる。それをあうんの呼吸で分からないとこの閉じた社会に参加できない。
外部からは入れない閉鎖空間。その閉鎖空間で博打をすると、順々にオケラになっていく。順々にお金が巡っていくだけという経済のあり方なんだと思う。次々にお金が巡っていくだけで、それで経済が成り立ち、誰もそれによって困ることはない。交換経済で人を追い落とすゼロサムゲームではない。
S そういう鎖国状態で成り立つのは、交換経済ではなく、循環経済だと思う。花札は12ヶ月の循環で、月ごとに花が立つのではないか。つまり次は薬屋がオケラになって花を舞い、次の月はシマちゃんがすっからかんになって花を舞う。贈与に基づく循環経済というのが、この小説で花札のルールの詳しい描写が必要になる理由だろう。
次々に贈与が送られて行く循環する世界、12年で一回りで60年単位のクラシックな時間世界。いつも昨日舞ったと言っている薬屋のように、時間が進まない。
K 頼母子講のような経済ですね。
S ポトラッチによってみんなシマちゃんにたかっている。鉄ちゃんも内実をよく分かっているのだろうけど、儲かってよかったねといってシマちゃんに全部おっつけて東京へ去っていく。そういう花を持たせる月次の花が、シマちゃんから辰夫へ送られるという話だろう。来年はおまえが花を咲かせる兄貴だぜということだろう。