深沢七郎 「妖木犬山椒」その3 20200111読書会テープ

H  正隆が四宮の即位を告げるところ、ありがたやと正隆には聞こえた、それから、正清の死を告げたところで、三宮の涙と正隆の涙が違っている(p.337)というのは、どういう意味だろう?

S 「ふふふふ」(p.337)のところ、笑っているようにしか聞こえないのだけれど。

K 正清が死んで、これでもう都の即位の可能性がなくなったということか?

S  正隆はここで非常に激しているが、三宮もお付きの者もまったく平静、日常で、三宮にはもうすでに都の即位などまったく関心がないのではないか。だから笑っている。

H 一方、正隆は三宮が泣いていると思いたいから、そう見ようとしたのではないか。三宮は袖で隠しているから正隆には涙は見えない、正隆の想像で宮は泣いていると言っている。

H ここから主従の行方が分かれていく。主従の涙の意味が違っていく。

S 本物の小説と偽物の小説がはっきり分かれると三島由紀夫は考えていた。三島は行動によって小説が本物にするというように言っていた。しかし、行動を起こしてみると、かえって小説が偽物だということが暴露されてしまったように思える。一方、毒であり薬であるファルマコンの小説を書いたのが深沢七郎ということになる。毒と薬の間を小説家は生きなければならないのに三島は、偽物にしてしまった感じがする。

H 偽物と本物を二つにきっちり分けてしまったから偽物になってしまった。犬山椒を本物の毒だと思って正隆が握り飯を作って配ったから、偽物だとばれてしまった。

S 配って、翌朝になっても何事もない。

H 三島由紀夫のしたことに酔う人はあっても、朝になると決定的なことは何も起きない。

K 催眠効果しかなかった。

S 翌朝になるとめでたく1971年がはじまる。その絶望がある。 首が転がっても何も起きない。今年の正月にも新宿の陸橋で首吊りがあった。その写真をTwitterに投稿して非難轟々。その歩道橋は、集団的自衛権に反対して焼身自殺を図ったいわく付きの場所。しかしそれも今は誰も覚えていない。

K ニュースにはなかった。

S もちろんニュースになどならずに、なかったことになって、めでたい2020年のお正月が明ける。

H 三島の戦後全否定論。

S 正隆は犬山椒にからかわれているようだ。そんなはずはないと、正隆は翌朝絶望するしかない。

S 深沢の歌は現役で使える。天皇がいなくても和歌は生き延びられると深沢七郎はこの小説で証明している。木立と子たちのように意味がそこでいくらでも重なって、この音の重なりによって、いくらでも物語が生じる。万世一系天皇の血筋もなくても、ちゃんと歌は生き延びて行けるとこの小説で深沢七郎は証明している。

 

【おわりに】

H お婆さんのところでも三宮のところでも、正隆は寝ていて獣のような声に気付くと、「眼はカツと開いた」(p.333)とあり、木が傘のようになるときにも、パッと眼を見開いて(p.349)、半覚醒から覚醒する、この辺が中原昌也的。覚醒自体、事実に覚醒する場合も、幻想に覚醒する場合もある。犬山椒が毒であったり毒でなかったりする。

S 「正隆は一途に毒の実であると思いつめていた」(p.350)という一途にのところが、いかにも三島由紀夫だと思う。天皇を一途に信じようとした。天皇とはそういう毒である。しかし、深沢七郎には、毒の山椒は犬山椒にも稲山椒にも転換するという交換可能性がある。

H 「はて?」と正隆が首をかしげると、「誰か引っこぬいてしまってなア、また、植えただよ」、「いっぺえ生えていやアすよ」(p.351)という会話がいかにも切ない。宮に対面したという大事な印であり、大切そうに抱いて都に持ち帰ったその唯一の印は、実はその辺に沢山生えているものだった。これが天皇をめぐる深沢と三島の対話のように読めて切ない。

S 稲山椒とは、つまり正隆が一途に信じた天皇ということになる。 

H  最後の岩が神として祀られるというところ、いつの間にか病気を治すものになっているところが気になる。

S 磐座がこの頃古代神話としてブームになっていた。病気の部位と磐座の場所が対応するというのは、おびんずる様のような、身体の類感呪術で、面白い。文字ではなく身体の記憶術。髪の話も、個人ではなく髪が記憶されていくというのが深沢七郎の小説にあった。身体で覚えておく技術の伝承になっている。記憶術とか養生術、ブルデューハビトゥスというのではなかったかな。

H  文字で残る歴史とは別の次元で、口伝えで残る伝説と、身体で伝わっていく技術の残り方があるということ。

S 文字の歴史による文化伝達と、身体による文化伝達が、文化の伝承の仕方として対立する。養生論とはつまり不死の技術、仙人の技術。この小説のはじめから話題になっているセックスは、もともと不死の技術だった。

 文字の歴史には学校教育が必要だが、真似をしていけばよい口伝と身体伝承には学校教育がいらない。文字と身体の対立は今日的テーマで、学校教育が崩壊し、誰も本を読まなくなった世界で、深沢七郎の小説も誰も読まない・・・

S 深沢七郎三島由紀夫の対比、こうして70年代が終わる。

 三島由紀夫は、なまじ深沢七郎を発見してしまったために、深沢のやり方でない方へ、どんどん追い詰めらていったのではないかな。正隆のようにまじめに一途に、模造の方へ自身を追いやってしまったのではないか。