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『軽率の曖昧な軽さ』から「真弓、キミが見せてくれた夢」(2016)

3月18日の読書会テープです。

【いくつか確認】

S冒頭で、「私」は暗い部屋の執筆机から日曜の午後の歩行者天国を見下ろしている。末尾で、「私」は真弓の部屋から日曜の歩行者天国を見ている。これ以外に歩行者天国が出てこないなら、これは枠。しかし、二つの「私」が同一人物とは限らない。

 色々な人が入れ替わっているらしい、何重に替わっているかも分からない、どうやって確かめたらいいだろう?最初「私」は真弓の女友達だと思って読んでいると、「俺」と出てくるので「私」は男?真弓が次に書こうとしていたのは異装者の服装倒錯の本(p.203)とあるので、この世界では、男と女、私と俺は交替可能らしい。

 不思議な現象がいくつかある。

 真弓の後の雑木林のなかの雑木林が右から左へ移動した(p.191)。背景と動いたものが同じで区別がつかない。たぶん、社会の中の人間が、区別のつかない状態で入れかわる移動するということなんだろう。画像が一瞬揺れてぴったり嵌まってしまうような。

 指輪の光に目が眩んでくる(p.201)。ダイヤの指輪の光に吸い込まれて、その中に記憶がよみがえる。

Hここにも「激しく行き来した」(p.203)とある。

N死ぬ前に、今までの出来事の重要じゃないシーンばかりが出てくるのと似ている。

Hそれはどこ?どこに何が出ているか本当に分からない。

S記憶だけでなく予兆という言葉も出ていて、過去・未来が光の中に現れる。これはウィリアム・ジェームズの意識の焦点説とよく似ている。

 それから動物の変死事件が二つ。雑居ビルの屋上から158匹の雑種犬が投げ殺されて、その下に母親康江さんと長谷川京介君の死骸が見つかった事件(p.204)。それと、犬や猫の死骸が細く切り刻まれたゴミ屋敷のような中に、たくさんの死骸がある。誰の死骸?伝説の柴田のり子が死亡している?警察が関与している。

 さらに、真弓の周辺の人物が、何人も失踪しているか死亡しているらしい(pp.205-209)。

 真弓はもう死んでいて、「私」という男性がだんだん真弓に入れ替わって行く話と読んでみた。「私」は、影のような存在で、真弓のストーカーの状態。真弓に近付く人間を排除していく、ファンの心理。そして、最後に、真弓おまえもいらないということになって、自分が真弓に入れかわる、という話に読めるかなと。

 映画でいうとヒチコックの『サイコ』(1960)。母親は息子を支配している。息子は母親をついに殺して一室に隠している(息子の趣味は剥製)。母親は死んでも息子を呪縛し続けるので、息子は自分をなくして母親に成りかわり、母親の意志を代行する。母親のカツラを被りドレスを着て(一人二役をする)。

【枠を飛び越える】

Sさあ、宜候と行こうか、それとも吶喊?

H「私」は、日の当たる真弓の反対側にいる。「私」の友人カップルが豪勢な食事に行って「イチャイチャ」する話。次の友人カップルも「イチャイチャ」している。これは真弓?それとも別のカップル?

S「この間はごめんなさい」(p.188)と言っているから、友人カップルは同じ一組。あれ?この友人カップルの女は真弓のように見えたが、真弓ではないということか。このあとに、真弓と「私」(男)が二人で会っている場面になる。

Hそうすると、やっぱりだんだん近付いている。最初はカップルに同席する第三者だったのが、次の場面では、男になって当事者になっている。

S第三者の位置から、作品の中に入っていく。ここで枠を飛び越えている。真弓の男友達の席に自分が座る、ついては、その男友達には消えてもらわなくてはいけないという感じ。

N「私」は女性目線でカップルをうらやましがっている。そのあと、女性の気持ちのまま真弓の恋人になっている?

Sこの話では男性と女性は入れ替え可能。男でもあり女でもあるのは、「私」でもあり真弓でもある一人二役をすることにならないか。二段階ぐらいで妄想が深くなっている。

 「素直」(p.189,p.193)という単語で、友人カップルと真弓カップルが重なってしまう。最初の「イチャイチャ」友人カップルにはたしかに名前がない。そのほうがいいんじゃないかな。おまえはたまたま真弓という名前を持っているが、最終的には名前を剥がして自分の妄想世界を作り、それにあらためて真弓と名前をつける。これは普通と逆。自分が男になったり女になったりするのに加えて、真弓というラベルを貼ったり剥がしたりということがあるようだ。

 名前はこれまでアイデンティティの核であったが、名前が剥がれるようになるという小説では。

Hたしかに、真弓は伝播していく。本を書いてベストセラーでどんどん増えていく。

Sやったこともないことを書いて、他の人のことも混じって増殖する、そういうベストセラーに真弓という名前を与える、ラベル作成の秘密を書いている。ベストセラーというのは、何であってもよい、誰が書いたのでもいい。

Hベストセラーは、その中から誰でも気に入る単語やフレーズが見つかるはずだとある。

Sその「誰でも」が雑木林の背景と同じ。私たちは雑木林の雑木で、動いたことは分かるが、区別はつかない。名前も主体も動いてしまうという話。それが雑木林から雑木林へ動くという話になる。

 私たちは、中身を持つかラベルを持つかでアイデンティティを確認したいと考えてきたが、その両方が入れ替え可能ということになる。

N育児本の感想を何回も反復するのも気持ち悪い。

Sそれがベストセラーの反復の状態。誰が読んでも、それぞれいいところを取り出して利用できる。

H芸風の話も、中腰のシャウト芸(p.206)は、男性Sでも女性M子でも同じ。しかもこれは真弓が考えた、ベストセラーの反復とまったく同じ。

Sお笑いタレントは映像映えする芸をする、ラッスンゴレライみたいな。

HNリズム芸、そこに次々入れ替わって繰り返す、そうすると雑木林感がある。

S人物もラベルも同じ、こういうのを雑木林芸と呼ぼう。

H中身は何でもよくて箱も区別がない。

S箱と中身の話は、先回(「恋愛の帝国」)は手紙の話で、手紙の中身は文章だから何かしらの内容を持ってしまうが、人物の中身と箱で考えると、中身もないしラベルも同じ雑木林になってしまう。

 どれも二回繰り返されている。

H地図の話も二度繰り返されている。

S「素直」や「地図」の反復があって少しずつ移動して繋がっていく。反復があって二つのカップルが連続して見えるが、その間に「私」は枠を飛び越して、男女も入れかわっている。箱を出たり入ったり、雑木林が移動するところだけは見えるが、それ以外は気づけない。誰かが私の替わりをしても誰も気がつかない。

N真弓の特色に、ランキングの上位に「素直な女」(p.212)というのがあって、ランキングもベストセラーと同じ。

つづきは後日